sweet words of love.
こちらは美珠が書く、恋愛小説ブログサイトです

Uniform:5

 なぜこんなことに、なぜこんな風に怒りを覚えなければならないのか。

 ただ、分かるのは、本気で本当に頭にきたこと。そしてむきになって、相手を見るけれど、相手はただ余裕の笑みを向けるばかり。

 周りはシンとして張りつめたような空気を、泳いだ目で見ている。

「私は私の考えを否定しません」

「それだけの情報と知識で、よく言える」

 ムカつく、と言いたい。この人に、頭にきた、と。

 単なる意見の交換で、これだけ白熱してこれだけ考えて、これだけ一生懸命になったことなんて初めてだった。

 

 

「田村さん、私の部屋へきて頂戴ね。早くよ」

 にこりと笑ったのは相良野絵留。

 聖アンティエの考古学科の教授で、花娃を聖アンティエに推薦した本人。

 その人がにこりと笑って、そして花娃を呼ぶ時、あまりよかったためしがない。

「田村さん、また雑用頼まれるわけ?」

「いや、雑用の時はあんなににっこり笑わないから。樋川さん、アイスクリームはまた今度でいい?」

 樋川澪子は眼鏡をかけた、真面目な子に見える。が、本当はそうでもなかった。

「じゃあ、彼と行くから大丈夫」

 さすが聖アンティエに通うだけあって、勉強は出来るが、彼女は結構強い女で。

「彼ってどの彼?」

「医者の彼。最近知り合ったんだ」

 彼女が付き合う男はみんな高収入。将来は、セレブ妻を目指す可愛い女というところだろうか。

「理想はぁ、相良理人だけど、あの人が隣にいたらドキドキして話にならないから。ある程度の顔で私はいいんだ」

 えへ、と笑うその顔を見るに、花娃も可愛いな、と思う。彼女がしている眼鏡も可愛い要素の一つで、花娃はそこは羨ましい。そして、男に対するバイタリティ、そこもすごいと思う。

「それに、ねぇ、言ってよ。付き合ってるんでしょ?」

「何が?」

「最近一緒にいるって聞いたよ?」

 花娃は眉間にしわを寄せて、あのね、と言った。そう言って、確かに一緒にいることも多いため、嘘は付けなかった。

「……一緒にいて悪いの?」

「認める?」

 花娃は周りを見て頷いた。そうか、と思う。

 最近やけに花娃自身に視線を感じる。

「相良理人……」

 原因はよく分かった。

 大変嬉しいことに、それに対して多少は疎まれたりしても、攻撃はしてこないらしい。それは彼の人望なのか、それとも花娃が下に見られているのか。

「いやー、やるわねぇ、と。田村さんも強い女だったのね」

「私、付き合ってるって言った?」

「言ったも同然でしょう。一緒にいて何が悪いの? ううん、全く悪くない」

 首を振ってにこりと笑う。

 この前、理人から交際を申し込まれた。そして花娃は、すぐに返事をしたのだ。

『約束して下さい。私を好きになってくれることと、優しくしてくれること』

 いったい何を言ったのか。あとから考えても赤面ものだ。

 花娃は理人に興味があった。もちろん、異性として。けれど、どこか浮世離れしている理人だから、そういう風になることはないだろうと思った。なにより、理人が花娃に興味を持っているのは、花娃の頭の中身だけで、それ以上それ以下でもないと思っていたのだ。

 いや、そうだろう、と思うのは花娃が素直じゃないからか。

 いつも会うのは学校の中でだけ。彼の携帯のナンバーも知らなければ、今住んでいる場所も知らない。ただ、学校の中だけの付き合いだ。しかも話す内容も、勉強のことばかり。それをしない時は、いつも理人はパソコンを眺めていた。眼鏡に映った数字の羅列とか、文字の羅列をみると、仕事をしているのだと思う。

 理人に教えてもらった場所は本当に静かで勉強がしやすかった。第二図書室という穴場は、本当に人が来ない。そして、二階の左奥には特に。誰もその机を使った形跡はなく、ただ管理のため掃除はしてあるが、本当にそれだけ。まるで隠れ家的なそこは、花娃も頻繁に来るようになった。

 そしてその帰り道に一緒にいることが多いので、やけに注目を浴びるようになったのだろう。

「相良理人ファンは多いけど、ただ見てるだけの人が多いからね。それより勉強しないと置いて行かれるし」

 そう言って肩をすくめる澪子は、いたずらっぽく笑った。

 澪子の言っていることは実際にそうで。恋にかまけていたら、この聖アンティエでの勉強が追い付かない。それはよく分かっているから、誰も授業を休まない。もし休んだとしても、ここは単位制だというのに補習がつく。なので、授業のチェックは必ずして、休むわけにはいかないのだ。

「ねぇ、それより教授のところ、行かなくていいの?」

 は、と思いだして、花娃は鞄を持って立ち上がる。今日も重い鞄を持ち上げて、肩が抜けそうだと思った。

「樋川さん、ごめんね」

「んーん。またね」

 そうして澪子と別れて、花娃は急いで相良の部屋へ行く。相良の部屋、とは彼女の研究室で、主に受講している生徒に対しての授業などがある場所だ。そう思いながら、ふと気付く。

 そうして足早に研究室に行くと、そこにはもうすでに十五人以上の生徒がいた。

 花娃はしまった、と思った。そして、アイスクリームを食べなくてよかった、と。

「田村さん、十五分の遅刻よ」

 相良が腕時計をトントンと指先で叩く。

 花娃のノルマはもちろん終わっていた。が、テーマを用いて研究と討論をする日だった。今日は花娃が発表をする日ではなかったけど、相良は花娃を見て言った。

「研究テーマだけど、神学科があなたのに興味があるって。文学科もよ。あなたの番じゃないけど、今日は途中まででいいから発表してくれないかしら?」

 神学科と文学科は同じく史学を共有する科でもある。それぞれの分野の中で史学を発表する者、文学を発表する者、そしてその思想を発表する者、さまざまな研究の部類で、ゼミは別れている。けれど、史学だけは特別で、ここではそれ俺に発表し合う場を、ひと月に一人選出して、一週間互いに共有して研究をするのだ。

 そういう場があるのはもしかしたら聖アンティエだけかも知れないが、これは論文慣れする目的もあるのだ、と理人が以前教えてくれた。

「でも、私のは……本当に、論文に毛が生えた程度というか」

 花娃が言うと、相良の隣にいた文学部の教授が、それがいいんだよ、と言った。

「確かに未完成で、常識程度の論文だが、面白いからね。相良君も、そう思うだろう」

 言われて理人が花娃を見る。きっとこの中で理人は年長な方だろう。だから教授も意見を聞くのだと思われた。

「はい。史学以前に、神学科としては、多少気になる内容ですね」

 そういうことを言うなよ、と言いたかったが、けれど理人がそう言ったので花娃の方に注目が集まる。

「情報の共有をしていたりするのかな? 君たち仲がいいみたいだからね」

 ははっ、と笑いながら神学科の教授で神父の宮前が言った。神父だが軽くて明るくて社交性のある宮前は、理人と花娃のことを仲がいい、と余計なことを口走る。

「それとこれは別ですから。田村さんが発表しづらくなるので、やめてもらえませんか?」

 やけに優しい口調でそんなことを言うから、周りの目が再度花娃に集中する。そうして、花娃ににこりと笑って見せるから、厄介だった。

「田村さん、座りなさいな。発表、それにディベート出来ないわ」

 花娃は座って、自分の重い鞄を開く。中から書きかけの論文取り出して、周りを見てから、声に出して読んだ。

「十字軍について……これは、仮題です……。ヨーロッパの歴史には疎いので、これをテーマにして中世の歴史を知りたいと、そういう目的で書きはじめました」

 花娃は目を周りに送ってから、論文を発表する。

「現代と、十字軍の歴史の類似性について、発表します」

 息を小さく吐いて、実際の論文を読む。

「十字軍の遠征までの経緯は、トルコ人のイスラム王朝であるセルジューク朝にアナトリア半島を占領された、東ローマ帝国の皇帝アレクシオス1世コムネノスが、ローマ教皇ウルバヌス2世に救援を依頼したことが発端となっています。大義名分として、……この言い方は不適切かもしれませんが、イスラム教徒からの聖地奪還を目的として派遣されました」

 皆黙って聞いた。途中、質問が飛ぶこともあるが、花娃が語る間はなかった。それにホッとして、花娃は論文を読み続けて、時々周りの反応を見る。

「大部分の十字軍は聖地エルサレムに辿りつくことはできなかった、と歴史上なっており、この他、小さな十字軍の存在も認められています」

 早く終わらないかな、と思いながら論文を読み進めて、まだ結に至っていないことを詫びてから、花娃は息を吐いた。そして周りの反応は、質問も飛び交うこともなく、かといって笑うこともなく、シンとしていた。

「これは余談ですが、ハーメルンの笛吹き男の背景には、この十字軍と関係があるという説があります。……以上で論文発表を終わります」

 花娃が座ると、相良が意見や質問は、と言った。そうして手を挙げるものは誰もいなくて、花娃はややホッとしたが、斜め前にいる理人が手を挙げた。

 そうして理人が指名されて、花娃を見る。いったいこの人が何を花娃に言うのか、と身構えた。

「途中ながらよくまとまっていたな、と思います。多少、稚拙なところはあったように思えますが、僕は聞いていて面白かったです。……なので、まだ完成していない田村さんの論文の、最終的な考えについて聞きたいのですが、いいですか?」

「はい」

 と言いながら、理人がどう来るのか、というのは全く予測できない。

「どこまで、この論文を書く気でした?」

「どこまで?」

「ええ。ところどころ、ぼかして書いてあるので、どこまで真実を書く気だったのか、と思いましたが」

 ぼかした、というのは十字軍の暗い背景についてだろうか、と思った。

「ある程度は、真実を書く気でした。相良さんや、他のカトリックの方に失礼だと思いましたが」

「では、失礼だから真実をたいして書かなかった、と?」

「そんなことは言っていません。まだ出来上がっていないものですし、初めて発表しましたから」

 理人はそうですね、と言って花娃を見てからにこりと笑う。

「では現代の戦争、紛争をどう思います?」

「私は平和な国にいるから、たいしたことは言えませんが、ニュースを聞くと矛盾しているとか、空しいだけだと思います」

「では、十字軍の行いはどう思います? 彼らがしたこと、そしてエルサレムを奪還するまでの行程は?」

「無駄だとは思いませんが、酷くこれも矛盾していると感じました。人の歴史は、やはり争いが絶えないのだと、中世のヨーロッパ辺りを研究するとそう思います」

 理人は頷いて聞いて、この論文こそ矛盾の塊だと言った。

「なぜ?」

「ここには神父も神学を専攻する学生も、そしてカトリックもいる。確かにぼかしたい部分はあるでしょうが、僕たちは何を十字軍が行ったのか、よく分かっている。そしてその歴史において、どのように世論に影響したのか、も。ですが、もしこのような論文だったら、テーマを変えた方がいいかと思います」

「なぜですか?」

「真実を書かないなら、論文としては駄作です」

「けれど私は私の考えで……」

「その考えのどこに根拠が?」

 理人は花娃をたたみかける。それに気分の悪さを感じて、花娃は反論した。

「資料を参考にして、私自身の考えを述べるのは、論文として当たり前だと思いますが」

「確かにそうでしょうが、根拠がなければ考えを述べれませんよ? あなた論文からは、真実の匂いもしなければ、どこも考えて書いていないように思える。これがあなたの思考ですか?」

 理人は顔色も変えず、花娃に言った。周りを見ると、花娃と理人しか見ていなかった。普通に怒りを覚えてしまって、これではいけない、と思う。

「私は私の考えを否定しません」

 花娃が言うと、そうですか、と言っておかしそうに笑う。

「それだけの情報と知識で、よく言える」

 花娃はそう言われて、理人を見る。もしかしたら怒りがこもっていたかもしれない。

 その言い方、口調、すべてに腹が立つ。

「稚拙です、何もかも」

 理人がそう言ったところで、パン、と手を叩く音が鳴った。そうして、次に二回手を叩く音も。

「終わりになさい。まだ出来ていない論文でよくもこれだけ意見交換できたわね。これでおしまいよ、いい?」

 相良がそう言って花娃を見る。

「これ以上やるなら、二人の時にやって頂戴。今日はお客様も来てるのに」

 客と言われて教授陣を見ると確かに知らない人が、一人座っていた。その一人は肩をすくめて笑って、声を出した。その口調は、本当にゆっくりで、訛りがあった。

「いやいや、ええもん見させて頂いたし。何や昔に戻ったみたいで、楽しかったですえ」

 そう言われて、花娃を見てにっこり笑ったその人は、ヒョロとしていて、けれど容姿はそれなりによかった。

「ディベートで白熱するんはええ事です。僕も昔、ようやりあったよ。正論と知識の豊富さは相良君の勝ち。でもまぁ、情熱なら田村さんの勝ちかも。ただなぁ、冷静な人には冷静で立ち向かわんとな。討論の間にも頭冷やさんと、ただの喧嘩になるえ?」

 言われて花娃はそうか、と思いながら息を吐く。

 けれど、なぜここまで、と思うのはしょうがないだろう。

 理人は余裕の笑みを浮かべ、花娃を見て、そして自分の知識を使って花娃の論文を稚拙だと言った。確かにそうだろうけれど。

「ドクター市橋恒星よ。まぁ、私たちの分野ではお世話になることはないだろうけれど。知っている人は知っているでしょう? 天文物理学を専攻している方」

 紹介された市橋、と言う名に聞き覚えがあった。

 花娃はそれくらいの知識だったが、周りはざわめく。

 それよりも先ほどのディベートが頭に残って離れない。

「今日はここでおしまい。また今度」

 相良がそう言って、院生たちは立ち上がる。それぞれに荷物を持って帰ろうとする者や、先ほどの市橋に話しかけるものもいた。

「相良君はどうするの?」

 近くにいた髪の長い綺麗な人が聞いた。顔立ちが綺麗だから、理人と並ぶと余計に映えた。

「僕は図書室に。調べ物があるから」

 そう言って立ち上がって、一度花娃を見る。花娃はその視線から目を外して、そして自分の鞄を持った。

 早く帰りたい、と思った。そして思うのは、この論文をしっかり書きあげること。けれど、先ほど理人が言ったように、表面だけのぼかした表現は外そうと思った。花娃だって、そういう残酷な背景など書きたくはない。だが、テーマに失敗したな、と思う。これだったら、花娃の好きな古代史にでもしておけばよかった、と。

 そうして研究室を出て、花娃は先に部屋を出ていた理人の後ろ姿を見る。理人は言葉通り、図書室へと向かうようだった。廊下の角を曲がって見えなくなって、花娃はため息をついた。

 そして自然と足は理人が向かった方へと、進んだ。

 行先はきっと第二図書室だと分かる。理人が勉強するとか、調べ物があると言ったら、必ずそこを使う。

 だから花娃は、何も考えずに図書室へ向かって、その扉を開けた。

 図書室には誰もいなかった。時間は午後四時のちょっと前。時間的にいないのだろうな、と思いながら中に入って二回の左奥のテーブルを目指す。誰もいないと思っていたら、司書はきちんと座っていて、パソコンを見ている。一度花娃を見たがすぐにパソコンに目を戻した。

 誰もいない図書室は花娃の靴の音さえ響く。その音を聞いて、誰かが来たと分かるほどだ。

 そうして階段を上って、花娃は目的の場所に行くため、本棚を三つ通り過ぎて、左へ曲がる。

「来たんだ?」

「別に、相良さんを追ってきたわけじゃないから」

 花娃が言うと、理人は、にこりと笑っただけで、読んでいた本に目を向ける。

 先ほどまではあんなに熱くなって言い合ったというのに、理人はもうクールダウンしたらしい。花娃はまだそんな気分になれないのに。

 花娃は理人の前の席に座って、隣に鞄を置く。図書室の椅子はすべてベンチのようになっている。そしてテーブルも椅子も二人掛けで、三人は座れない。それはきっと少数で勉強をしろ、と言うことのなのだと花娃は思っている。

 花娃が座っても何の反応もない理人を見て、花娃は心の中で理人に言った。わざとらしく、ここに来ると言ったくせに、と。

「今日の論文、きちんと完成させるから」

 花娃が言うと、ようやく理人は頭を上げた。

「がんばって」

 それだけ言うと、また本に目を落とす。そして横に置いていたレポート用紙に何か書いて、そしてページをめくった。調べ物があると言ったのは本当らしい。だから、と思う。

 花娃は今、空気と同じ存在なのだと。

 こんなので付き合っているのか、と思う。確かに付き合ってと言われて、そして一緒にいる時間も増えただろう。まだ理人からそう言われてひと月弱しかたっていないが、もし本当に好きだったら、手を出されてもおかしくない時期。

 そう思いながら、理人に興味があって、そういう意味の目線を理人から付き合ってほしいと言われてからは、向けていたのではないかと思う。

 だが結局、話に熱くなったり彼が本意を言うのは、勉強の話をする時くらい。この人はやはり花娃の頭にしか興味がないのだと、そう思える。

「少しは頭が冷えた?」

「は!?

 花娃が苛立った声を向けると、理人は花娃を見て、まだだね、と言って本に目を落とす。

「どういう意味?」

「そういう意味だよ。君の頭が冷えたら話そうと思って」

「今の私とは話したくないっていうこと?」

「違う。ただ、感情で話したくないだけ。君は素直だけど、怒りを持続させる癖があるみたいだ。怒りは罪だよ」

 理人が花娃をみてにこりと笑う。だからなんだというのか、と花娃は理人から視線を離す。

「あれで怒らない人がいたら教えてほしいです」

「君はあれくらいで怒っていて、何百人もの前で論文発表をするつもり?」

「そんな機会、まだ与えられていないし」

「近い将来、与えられたらどうする? 論文発表は意見、質問の嵐だ。そのすべてに感情を抑えて出来る? 花娃さん、あれは練習の場だよ。僕が手を挙げなかったら、宮前神父が手を上げていた。あの人は結構、感情論も出してくるから、厄介なんだ」

 でも、だからってあそこまで、と心の中で言って、花娃はうつむく。

「でも、本当に、メチャクチャ、ウルトラスーパー、超ムカついたんです! これは私の最上級のムカつき具合で、すぐには頭なんて冷やせません。っていうか、相良さんは私の頭しか興味ないみたいだし、これを機にもう私、離れますから」

 花娃が言うと、理人はその青い目を瞬きして眼鏡を押し上げる。

 そうして分厚い本を閉じて、溜息をついた。

Es gibt niedlich nicht es.

「……は?」

 何か言葉を呟かれたが、聞いたことのない発音だった。少なくとも英語ではない。

 英語ではない何かを言ってから、理人が立ち上がって花娃を見る。そうしてそのまま花娃の鞄をテーブルに置いて、隣に座ると、花娃の視線をとらえてじっと見た。そして肘をついて手に顔を乗せて、間近で青い目の存在を見る。

「君の頭の中身、僕が興味を持つような何かがあるの?」

 そう言われて余計に怒りを買うとは思っていないのだろうか、と花娃は思いながら少し理人から離れた。

「そうとしか思えないから。別に、私自身に興味があるわけじゃないみたいだから」

「そんなこと、僕は言ってない」

「だから、そんな態度を取ってますって、そう言っているの。私は普通の女だし、まだ若いし、もしそういう風にしか見ていないのなら、私は私のことを好きになってくれる人と、私のことを甘やかしてくれる人を探します」

「……Es gibt wirklich niedlich nicht es.

 理人はそう言って、溜息をついた。

「だから、なんて言ってるんですか!?

 理人は瞬きをして花娃を見て、肘をついていた手を解除して、そして花娃の上腕を握った。少し引き寄せられて、顔が近づく。花娃はとっさに唇を閉めて、何をされるか悟った。

Um Sie so sehr zu verwöhnen.

 ゆっくり目を閉じて、ゆっくり唇が重なったのに、花娃は振りほどくとかそういうことをしなかった。軽く重なっただけの唇だったが、理人が唇を開いて、花娃の唇を挟み込むように啄んで離れる。濡れた音を立てて離れる唇の感触は、とても柔らかかった。

「キスをする時は目を閉じてほしいな」

 まるでウインクをするように軽く片目を閉じて見せて、花娃はキスをしたのだとやっと実感をした。そうしてもう一度理人の身体が近づいたので、花娃はそのまま少し離れる。

 そして手をついたと思った場所は、何もないところで花娃はバランスを崩して、椅子から身体ごと落ちた。理人に腕を握られたまま落ちて、腰を打った。

「い、った!」

「どうかしたのか!?

 遠くで大きな声が聞こえる。それはたぶん司書の声だろう。花娃が落ちた音が聞こえたのだ。

 理人は椅子を大幅にずらして、花娃の足の間に自分の片足を置いて立ち上がって、本棚の間から顔を出した。

「すみません、本を落としてしまって」

「……そうか、相良君。邪魔をして悪かった」

 理人が答えると、こういう言葉が返ってくるのか、と思いながら花娃の足の間にある理人の足を見て、花娃は理人を見上げた。

 花娃の足の間に理人の足がある状態が、花娃を緊張させる。理人はそのまま膝をついて、花娃と目線を近づけた。花娃のきわどい部分に理人の膝がある状態で、理人は花娃の頭を指差した。

「君の頭は単純で、すぐに悪い方へと考えて、そして怒ることばかりをする。でも、ここは」

 そのまま指が花娃の顔の前を通り、胸の辺りで止まった。そこは心臓の上だった。

「将来の夢と理想と、これからも良くなりたいと思う心が詰まっている。僕は、君の頭には興味がないけど、君の心には大変興味がある。そして、僕のここも」

 自分の胸を指差して、そしてにこりと笑う。

「田村花娃を求めてる」

 花娃は息を吐いた。

 こんな言い方をするのは、外国の血が入っているせいなのか。

「君が勉強の話をしだすから、僕もそれに応えているだけ。君が勉強をしているから、話さないでおとなしくパソコンをしている。それに、君に何も意見を言わなければ、君の論文は成長しない。……僕は花娃さんを甘やかしているつもりだったけど、もっと女として扱えばいいのかな? 勉強の話をするのは大いに結構だし、それに応えることも僕には出来る。けれど、君も女としての態度を、僕に出した?」

 言われて目が泳ぐ。確かに、そういう態度は出さなかった。好きだと一度も言われていないし、だいたい花娃の方から申し込んだわけじゃないから、と思っていた。

「私に、そういう態度を出せって言うの? だって、付き合ってほしいって言ったのはそっちですよ。勝手に手を出せばいいじゃないですか。私、ずっと勉強の話をするのは、それが必要だからです。論文だって確かに成長を遂げるには意見も必要だと思う。もっと分かりやすく言ってくれたら、論文の内容だって直すし」

 そこで理人がため息をついて、唇に人差し指を当てる。その仕草でここは図書室だった、と思いだして声が大きくなっていたことを認めた。

「……また勉強の話ですか。いいよ、付き合いましょうか」

「勉強する場で、勉強の話をして何が悪いの。それを聞いてくれることくらい、出来るんだったらすればいいじゃないですか。こんなところで会っていて、何をするの? 勉強しかないでしょ」

 花娃が声を抑えて言うと、理人は青い目を閉じて、本当に深いため息をついた。

 開けた時のその目の色は、本当に落胆していて、花娃はその目を睨む。

「可愛くない上に、女としての色気もない。これじゃ、確かに可愛くないって言われるのも無理はない」

「ちょっと、今、なんて言いました!?

「君の、前の彼がよく君に欲情した、と感服したところ」

 可愛くないと言われて傷ついた。本当にあの時、少しは落ち込んだのだ。けれど、この人からは二度言われたのだ。初めはまだ大学生だった時に。そして二度目は今。

「ムカつく! どいて下さい!」

 花娃が小声で言って、身体を起こそうとしたが、その身体を理人が止めて、そのまま身体を床に押し付けた。絨毯の感触が身体全体で感じられて、花娃は上にいる理人を見て、そして横を見た。花娃の顔だけが本棚の陰から出ていて、司書の作業場面がよく見える。

「あっ」

 身体を下に下げられて、理人の顔が間近にあった。西洋と東洋の血がブレンドされた顔は、どちらかと言うと西洋よりの顔立ちで、近くで見ても綺麗系のイイ男だった。細身に見えていたが、下から見る身体はさすがに外国の血が入っているからか、意外としっかりしている。

「二人になれば、少しはそういう部分も見せてくれるか、と思っていたけど。全く駄目だと今、気づいた。我ながら気づくのが遅かったかな」

 そう言ってさらに顔が近づいて、花娃の唇の上に、唇が重なる。優しく触れるようなキスをして唇が軽く重なったまま、理人は言った。

「これからは、僕が君の女の部分を出すよう、努力しようか。もちろん、勉強の話も受け付ける」

 そう言ってから唇が離れて、花娃の上着のボタンが外される。

 まさかここで、と思ったがそういう気はないように思えた。けれど、何をされるか、解らない。

 上着の横から手を差し入れられて、ブラウス越しに背に触れられる。そのまま横抱きにされて両手が花娃の背を抱いた。そうして撫でられて、緊張のために心臓がうるさくなる。心の底からこみあげる何かがある。

 理人は花娃を見て、そしてにこりと笑った。片方の手が背から離れて、顎の部分を少し持ち上げて、下顎の部分を少し引っ張り、花娃の唇を少しだけ開けさせた。

「なに……?」

「声は、抑えるように」

 理人の笑顔が近づいて、花娃は目を閉じる。そうして重なった柔らかいものは、花娃の唇を挟み込むように優しく動いた。下唇と上唇交互に甘噛みするようにして、そうして口腔内にさらに柔らかいものが侵入した。

「ん、ん」

 理人の手は花娃の頭を固定するように首筋に移動して、もう一方の手は背と腰の辺りを上下する。

 キスでこんなに優しく抱きしめられたことはない。そして、今までしたキスがどんなに簡単なキスだったのか、と思うほど理人は上手かった。

 今までの経験がそれをさせるのだろう、と思う気持ちもあったが、それよりも理人のキスに酔ってしまう。

「は……んっ」

 強く唇を吸われて、水音とともに唇が離れる。その唇はぬれて光っていて、花娃はそれだけで顔が熱くなった。

「声は抑えて、と言ったでしょう」

 そうしてもう一度キスをされて、キスをしながら身体を起こされる。

 理人の足の上に座らされて、向かい合う形になって、理人は両手で花娃の頬を包んだ。花娃は理人に身体を預ける形となって、深く優しく、時には少し強いキスを受ける。

 ようやく唇が解放されたのはどれくらい経ってからだろうか。

「あ……っは」

 息が上がるのは止めていたせいだ。そうして理人は花娃の顔を確かめるように見て、満足そうに笑う。

「やっと可愛くなった」

 その言い方に多少ムカついたが、そういう目を向けると苦笑されて、花娃さん、と言われた。

「今のそういう顔も、男を煽る顔になっている。上々だ」

 本当に満足そうにそう言って、花娃は理人の肩を叩いた。

 そして理人はまた人差し指を唇にやって、花娃の身体を降ろす。先に立ちあがってから、花娃の手を引いて立たせてもらった。そうしなければ、まだしばらく座っていそうだった。

「論文楽しみにしてる」

 先ほどまでああいうことをしていながら、と。花娃はいきなり真面目な話をする理人を見る。

「それに、さっきの続きも、いつかね」

 今度は耳元でささやかれて、花娃は唇を引き締めた。

 頬に軽くキスをして理人は自分の鞄を持つ。花娃はそれを見ながら、椅子に座った。

「十分くらいしてから、ここを出て。その顔じゃ、何をしていたかすぐに分かる」

 そう言ってから理人は花娃の横を通り過ぎた。

 誰もいない図書室だから、理人の靴の音が聞こえる。

 そうしてその足音が遠ざかって消えて、花娃は重い息を吐いた。

 怒らされたかと思えば、甘やかされたように思えた。

「や、だ、もう!」

 自分の声が大きくなっていることに気づかずに、思わず言ってしまう。

 たぶん、と心の中で思う。

 理人は本当はいつでも花娃に手を出せたのだ、と。

 そしてそれをさせなかったのは、自分なのかもしれない、と。

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