sweet words of love.
こちらは美珠が書く、恋愛小説ブログサイトです

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Uniform:4

「ねぇ、リヒャルト、あの子の制服姿、見た?」

「見たよ。まだしっくりこない感じだけど」

 荷物の整理をしながら返事をしたのが気に食わないらしく、こっちを向きなさい、と言われる。

「なに? 忙しいんだけど」

「忙しくてもレディの言うことは聞くものよ。中断してお茶でもいかが?」

「野絵留、今日中に片付けたいんだ」

「片付くわよ。何ならあの子、呼びましょうか? アルバイト料出せば、来てくれるわよ」

 ため息をついて、手に付いた埃を払う。

「手を洗ってから行くよ」

 野絵留は満足そうにうなずいて、ドアの向こうに去った。

 荷物の整理をしていたのは、元いたアパートを引き払ったからだった。実家に住んだ方が時間のロスがなくなることは知っていたが、独り暮らしをしてみたかったから、家を出ていた。けれどさすがに大学院に入ってからは、それがかえってかなりのロスになるのに気づき、けれどそこを去らなかったのは一つの理由があったから。

「野絵留、彼女は頑張ってる?」

「そうね。他の大学の発掘調査に同行するんだけど、あの子は連れて行くわ。現場の経験もさせておきたいし」

 最初は一つの理由だったが、文学博士号を取ってからしばらくすると、理由は二つに増えた。

「リヒャルトはどうなの? 今年中に神学博士号とれそう?」

「多分ね。それより、僕は理人、リヒャルトなんて英国名で呼ばないでほしいな」

「いいじゃないどっちでも。どちらも本当の名前でしょう」

「理人の方が気に入っているから。日本名で呼んで」

 舌をかみそうなリヒャルトと言う名前は、響き的にあまり好きじゃなかった。

 理人のために置かれた紅茶を一口飲むと、野絵留は煙草に火をつけた。

「リヒャルトも吸うかしら?」

 ふふ、と笑った野絵留に首を振って、理人は足を組んだ。

「タバコは三年前にやめたし。野絵留みたいな人に、どうして直志が惚れるんだか」

 日下部直志。真面目な文豪のような名前の、野絵留の恋人。理人と同じ学部で、今は出版社で働いている、名前のように真面目な青年。理人より一つ下の後輩で、同い年。一浪して聖アンティエに入ってきたのだ。

「イイ男はイイ女に惚れるものなの」

 プカリと音を出すように、白い煙を吐く野絵留を見て、理人は三年前にやめた煙草を見る。

 やめた理由は、どうしても吸わなければならないものではないから。あとは食事が不味いのと、スポーツをすると息切れが早くなったから。十八の頃から吸い始めて、二十三歳でやめるまで毎日吸っていた。一日に吸う本数は大して多くなかったから、やめることができたのかもしれない。

「あの子と話した? 入学してもう二ヶ月経つけれど」

「話してないよ。話すくらい顔も合わせなくなったから」

「でも神学科と考古学科は教室も近いでしょ?」

「近いけど、あっちの方が僕を避けてたら話す余裕もないでしょ」

 ふーん、と言って野絵留は煙草をふかした。

「避けてるって分かるの?」

「あからさまだ。僕の顔を見ると、目をそらして反対の方に行ったりする」

「嫌われたのね、リヒャルト。まぁ、花娃はもともと、人と一線を引く所あるから」

 田村花娃。野絵留があの子、と言うのは今年から聖アンティエ学院大学部に入った一人の女生徒だ。教授推薦という枠で試験を受けたが、その試験の点数はかなりの高得点。おまけに小論文も素晴らしく良かったため、学費が一年間免除になった。来年は来年で、きっと審査があるだろうが。教授推薦枠でもありながら、奨学金をと聖アンティエ側が言ったのは、異例のことだった。

「思った通りの結果を残してるから、私は満足よ。あなたは不満足?」

「まさか」

 紅茶をすべて飲み干したところで、野絵留は煙草を揉み消した。

「お話したいわよね? あの子がいるから、実家に帰ってこなかったんだから」

「そういうわけじゃ……ただ、頑張っているのなら、僕はそれで満足」

 確かに花娃が気になって、結局は実家に帰るという目的の時間は伸びたが、理人の読み通り頑張っているのなら、とても満足と思っている。

 そして野絵留は話を変えるように、そういえば、と言った。

「あの、鶏ガラみたいなのとは別れたの?」

 鶏ガラみたい、と称した相手は理人がこの前まで付き合っていた相手。

 かなり失礼な言い方だが、確かに痩せていた。野絵留は痩せた女が嫌いで、自身も痩せているのに、かなり批判をする。けれど、理人が付き合っていた相手は、野絵留よりも痩せていたので、確かに言い得て妙なのだが。

「あんなの抱いて楽しい? 花娃は結構胸のあたりはふくよかよ。抱きしめるとふんわりしてるわ」

 抱きしめたのか、と思いながら、そのどうでもいい話を終わらせたかった。

「そんな話はどうでもいいので」

「若いっていいわね。まだ二十三になってないなんて。しかも、これから考古学者になるかもしれない、優秀な子。根性もあるし、あれにしときなさいよ」

「彼女にも選ぶ権利が、僕にも選ぶ権利があるから」

 ニヤリ、と笑う野絵留は、人の心を見透かす天才だ。こんなに聡い彼女だから、五十代になるまで結婚をしなかったのだろうと思う。

「気になっているくせに。鶏ガラさんも、だから別れたんでしょうよ」

「野絵留、鶏ガラじゃなくて、恵美。失礼だ」

「別れ話を切り出されて、即別れる、って言ったんでしょ? 気になっている子、いるから?」

 野絵留の言うことに、理人はため息をつく。

 そこまで言った覚えはないし、別れようと言われてすぐに返事をしたわけじゃない。

 国重恵美は大学時代に出会って、三年になった頃付き合い始めた。恵美は将来は結婚を、と考えている人で、大学院に理人が行くことを決めると、嫌な顔をしたがそれでも理人のことが好きだったのだろう。恵美は普通の会社に就職をして、理人とそれから三年ほど付き合った。

 恵美の成績は普通くらい。時々それ以下になることが多くあったが、笑顔が可愛い、いい子だった。優しい性格で、一緒にいると安心できた。だが、一つ思うのは、聖アンティエの英才教育を得て、ただの普通の会社に就職したこと。もちろん学歴はそれなりだし、聖アンティエのブランドが名を聞かせたのか、大して就職活動をしなかったが、すぐに内定になった。

 直志は出版会社をもともと持ちたがっていたから、今は修行中、と頑張っている。今でもその夢を語って、もう少ししたら、といつも話す。聖アンティエは、そういう夢のために頑張る人を多く作るための学校だったと思っていた。けれど恵美のような人も多くいることも分かっていて、それを身近に感じていたから、一緒にいて物足りなさを感じていた。

 きちんと好きなのだが、何をしても満足感を得られなかった、恵美との付き合いを考えていた時、出会ったのが一つの論文。

 文章自体は稚拙。もう少し文章の構成を考えたらどうか、と思うくらいだったが、逆に質問形式で書いてあるその論文は面白くて引き寄せられた。いかにも頭の良さそうな、そういう切り口で書かれていて、理人は自分が書いた本だと言うのに、この論文を書いた人の言うとおりに、書き換えたくなってしまった。

 田村花娃。聞いたことがある名前のような気がして、ある日電車に乗っていて気付いた。

『もう、花娃ってば、どうしてそうなの?』

 トーンの高い声に反応したのは、カエという言葉だった。

 声がする方を見て、髪の毛が肩につくかつかないくらいの長さの、後姿を見る。姿勢がよくて背中がすっきりとしていた。使い勝手のよさそうなバッグに、参考書や教科書が詰めてあるようだった。とても重そうで、たまに持ち上げたりしていた。カエと呼んだその彼女のバッグはと言うと、大して重くなさそうでデザインを重視したようなバッグ。

 その彼女はノートを取り出して隣の彼女に渡した。そして他のノートを落としてしまい、それを拾う。

 その時に見た、ノートに書いてある名前。眼鏡を押し上げてみたそれには、田村花娃、と書いてあった。

 この人が田村花娃か、と顔を見ると、クルリとした綺麗な二重瞼をした、可愛い顔立ちだった。髪の毛も黒いままで、染めてなんていないのが分かる。今時珍しい、と思いながらその彼女をじっと見た。

「どうせ直志から聞いた情報だろうけど、それは間違いだよ。別れ話を出したのは僕だし、すぐに分かったと言ったのは恵美のほうだから」

「あら、そうなの」

「飛躍しすぎ。そういう話は、もうやめてくれるかな」

 じっと見た彼女は理人の視線に気づかなかった。帰りの電車の中だったのもあるし、その日は午後だというのに、意外と人が多く乗っていたから。

「だって可哀そうじゃない。今までの相手がいなくて、寂しいでしょ、リヒャルト」

「そんなことが言いたくて中断させたのなら、怒るよ」

「怒ったところ見てみたいわね。あなた怒らないから」

 理人はため息をついた。本当に頭のいい女性というものは、と思う。

「でも、まぁ、あなたはそこら辺の女じゃ満足しないのよ、リヒャルト。多少頭がよくて、自立して、根性があって、負けず嫌いな感じ? ただの優しい女じゃ、単なる性欲処理にしかならないわ。鶏ガラちゃんを、あなたは結局そういう目で見てたのよ」

 野絵留の言葉に、理人は大きなため息をつく。

 花娃を見て、そしてもう一度家に帰って花娃の論文を読んだ。

 読みやすい、綺麗な字で書かれたそれは、何度読んでも稚拙な文章。もう少し論文の書き方を習った方がいいのでは、と思うほど。

 野絵留は論文を見て、SAレベルをつけた、と言った。スペシャルAは、最高レベルの成績。文章が稚拙な分は、その知識と、隅々まで呼んだことが分かる論文の内容でカバーをしたらしい。

「そんなことない」

「だったらどうして別れたのよ」

「気づいたから」

 最後にきちんと顔を合わせた時に言った、花娃の言葉。

『負けたくないって、思いました』

 最初は結婚がどうのこうの言っていたくせに、たぶん野絵留の言葉も堪えたのだろうが、花娃の目には前とは違う光が宿っていた。何もする気がない、と言っていた花娃が、勉強をすると決めたのは、理人のせいか、野絵留の発破が効いたのか。

「自分と違う道を歩んでいる人と一緒にいても、楽しくないって気付いただけ」

 そうね、と言って野絵留は新しい煙草に火をつけた。独特の匂いが部屋を包む。

「でも、野絵留の言う通り、本当に好きでしていたのか、今はもう分からない」

「あなたみたいに賢い子には賢い子がいいわ。互いに摩擦することもあるだろうけど、でもいつでもいいライバルでいられると思う。私は残念ながらそういう人とは会えなかったけど、この年になって犬みたいに可愛い子と会ったから、よしとしてる。でも、もう少し若い頃、もっと一つのことに情熱をかけられる人と出会っていたらって、思うわね。私たちの家系は情熱の塊で出来てるから。そういう熱いものを、きっと求めるのよ。お義兄さんだって、あの年でこの聖アンティエを息子の夢にかけて作るくらいだから。あなたも夢のある根性のある子が似合ってるかもよ」

 白い煙をプカリとふかして、理人を見る。

「だからね、まだ成功も何もしていない卵の卵だけど、花娃はお買い得物件だと思うわよ」

 花娃の顔を思い浮かべて、溜息とともに笑う。

「ダメだよ、あれは」

「どうして?」

「前に、男なんてただの処理道具にしか女を見てない、とか言われたし。確かにすべて否定はできないしね。とにかく、田村さんは潔癖だから」

「潔癖な子も、恋をすればそうなることくらい分かるわよ。処女懐胎を信じていないくせに、臆病ねリヒャルト」

「ありえないことは信じないだけ。聖母マリアもキリストを生むのに、誰かとセックスはしたはずだ。それが婚約中のヨハネだったか、他の男だったかの違いしかない。僕も潔癖な男じゃないし、手をつなぐだけの付き合いはできないから。田村さんとの付き合いなんてダメだと思ってるだけ」

 臆病なんかじゃない。ただ、男として潔癖な人と付き合うことはできないだけ。

「確かに僕は怒らないけど、聖人でもないよ。付き合うならそういうことはするだろうから」

 理人が言うと、野絵留は煙草を揉み消した。

 理人と呼んでほしいのに、いつもリヒャルトと呼ぶのはこの人の頑固さだろう。

「あっそ。でもリヒャルト、一応言っておくわね。恋ってするものじゃないの」

 理人に顔を近づけて、最後の息をふーっと顔にかけた。

 久しぶりの煙草の煙に、思わず噎せる。

「落ちるのよ、バーカ」

 そう言って理人の額を指で弾く。

 それから笑ってその場を去る野絵留を見て、大きくため息をつく。

「誰が馬鹿だ」

 理人はそう言って自分の額を撫でる。

 時計を見ると意外と時間がたっていて、理人は立ち上がって残りの荷物を片付けようと思った。

 引っ越しをしたのは結構前なのに、院の方と学校の運営のことで忙しくて出来なかったのだ。

 そして理人の顔を見て逃げる花娃を思い出す。

「あんな反応をしているから、どうせ近づけもしない」

 立ち上がって、そしてカップを置きっぱなしにしているのを見て、理人はまったく、と呟いてからカップとソーサーを片づけた。野絵留はいつも理人の前では片付けをしないのだ。

 明日はまた学校だと思いながら、理人は花娃の顔を思い出してから消せないでいた。

 

 

 神学科と考古学科は本当に近い。史学という共通の学科を専攻するからだ。

 だから、花娃と会う確率はとても高いし、理人が院に行く日は必ずその姿を見るのだが。

 きっと彼女も油断していたのだろう。廊下ではち合わせた。理人が避けると、その避けた方に、そして花娃が避けると理人がその避けた方へと行くので、理人は思わず笑って花娃に言った。

「気が合うね」

「そうですね」

「カフェで話でも?」

「……また相良教授に頼まれたんですか?」

 前に野絵留から頼まれて、聖アンティエに、と言ったことがある。花娃はそれを根に持っているらしく、理人は苦笑する。そして首を振って、花娃を見た。

 花娃の制服姿を初めて間近で見て、きちんと着るタイプなのだな、と思う。制服をだらしなく着る生徒も中にはいるが、花娃はそう言うタイプではないらしい。

「制服似合ってる」

「似合わない人、います?」

「そうだね。独特な制服だから、似合わない人もいる」

 花娃は少し辺りを見回して、理人をみた。

「どうした?」

「……あなたといると、目立つんですよ。相楽理人って、学院内でかなり有名。わざと避けてたのに」

 理人は苦笑して花娃を見て、別にいいと思うけど、と言った。

「注目されてるのは僕だけで、君はされてない」

「全くされてないわけじゃないです。私は教授推薦だから」

 有名なされている相楽理人。

 聖アンティエの高等部から入学している理人は、模範生として生徒会などに入らされていた。高校、大学ともに常にトップの成績を維持していて、その外見も相まって理人は誰にでも顔を知られていた。

 けれどトップを、と言われたのは父から言われたことだった。父は模範生になることを強く望んだし、なによりそうすることを理人は良しとした。なぜなら、この学校は理人が望んだものだから。

「ここで話をしていると、余計に注目されないかな?」

 理人が言うと、じゃあ、と横を通り過ぎようとした。

「君と話がしたいんだけど」

 花娃が理人の隣で足を止めて、そして見上げてきた。

「いいかな?」

 そう言って周りを見ると、確かにこちらを見られている気がした。と言うよりは見られていた。

「第二図書室の、二階の左奥のテーブルで待ってる」

 そう言って花娃の横を通り過ぎて、もともと行くはずだった方向へ歩き出す。

 花娃は来るだろうかと思いながら、自分の荷物を取りに向かった。

 大学院の第二図書室は専門書ばかりをそろえた図書室だ。よっぽど研究熱心か、興味がなければ来ない場所。しかも二階の左奥は、特に、だった。

 自分の鞄をもって、図書室へ向かう。途中で、何度も見られているような、そんな視線を受けたが、長年のことで気にならなくなっていた。初めは見られていることに抵抗を覚えて、そして苦痛だったが、慣れてしまえばそういうことはなかった。ただ見られているだけで、彼らは危害を与えない。それに、初めは勉強の類を聞いてくるクラスメイトもいたが、理人が注目を集めて、目立つようになると、声もかけられなくなった。

 別に友達がいないわけではないし、声をかければ話すが、それ以上はなかった。孤独を感じたことはないけれど、勉強に集中できるのはよかったと思う。それに、お節介な友達も当時はいた。

 そうして図書室についてから階段を上がる。左奥のテーブルは案の定使われていなかった。この場所は主に神学の専門書があるため、ほとんど誰も来ない。花娃も来ていなくて、理人は鞄を椅子に置いて、専門書の一つを取り出す。宗教を勉強するなんて、と思う人もいるだろうが、その歴史を主に専攻しているので、宗教自体を勉強しているわけではなかった。なので、博士号を取るならば、そちらの方面で取ることになるだろうと思う。

 今年度か来年度には卒業を、と思いながら専門書を開ける。開けたそれは、特別な専門書だった。

 そうしたところで、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。窺うように現れたのは花娃で、理人は笑顔を浮かべて花娃を見た。

「隠れスポットみたい」

「誰も来ないから、集中したいときはいいと思うよ」

 本を閉じて、花娃が座るのを見る。花娃は座ってから、バッグを横に置いて、理人を見た。

「天才で穏やかで性格もいい、相良先輩。それは良い言われ方だけど、陰ではなんて言われてるか知ってます?」

「教えてほしいな」

「顔が良くて、スタイルも良い、童貞の相良先輩。絶対童貞だと言う人と、違うって言う人がいますけど」

 それに思わず苦笑して、花娃の言うことを聞いた。

 そんな噂は始終聞いていた。けれど、無視をきめていた。

「多分知っているだろうな、と思うけど、無視を決め込む相良先輩は凄い、って。この前、樋川さんって人が言ってましたよ」

「その子はなんて言ってる? 僕は童貞だって?」

 花娃は首を振った。

「思ってないみたいです。っていうか、私も思ってないし」

「正解、違うよ」

「……こういう話をするために来たんですっけ?」

「この話を始めたのは君だけど?」

 花娃は何も言わなかったが、納得した顔をしていた。

「学校は慣れた?」

「ある程度は。ここの院って本当に、自主性がないと繰り上がれないみたいですね」

「そう。それに出る時は難しいから、きちんと勉強をしないと、やめる羽目になる」

「やめた人、います?」

「たくさんいるよ」

 理人がそう言うと、そうなんですね、と花娃は言った。

 大学まではある程度の干渉をする。それでも、やめる人はいる。けれど院は、目的を持っていないと、卒業は出来ない。ただ書いただけの論文は撥ねられるし、自分で自分を管理して受講しないとならないため、結構大変だった。

「この院で、二つ目の博士号を目指しているの、篠宮さんだけなんでしょう?」

「ここでは篠宮って言わないでくれる? 誰が聞いているか分からない。相良、で」

 理人は母方の姓を名乗って聖アンティエにいた。篠宮と言えば誰だって血縁者だと分かるだろう。特徴のある名字は覚えやすいから。

 花娃はまた、わかりました、と言って理人を見る。

「今度、発掘調査に行かせてもらいます」

「よかったね。あれは面白いよ」

「楽しみです」

 花娃はようやく笑って、嬉しそうな顔をする。

 勉強はしたくないけど就職もしたくない、と言った花娃だったから、理人はその表情を見てホッとした。

「樋川さん、相良さんのファンみたい。遠目で見て喜んでるし、何か目の色が好きみたいですよ。そういう対象で見られることも多いでしょう?」

「ある程度は。でも、ただその人たちは偶像を見ているだけだよ。本当のところを知ったら、どう思うか分からない」

 前に付き合った恵美だって、学校では一度も話しかけなかった。

 よく考えれば、結婚を望んでいたにせよ、まるでやるだけの友達だったような気がする。

「樋川さん、可愛い子ですよ」

「だから?」

「……嫌な感じ。そういう態度、よくないと思います」

「もしその子を君が紹介して、付き合ったとする。でも、彼女はきっと僕に近寄らない。周りの目が、怖くなるから」

「引け目を感じるって、事ですか」

「この前まで付き合っていた人がそうだった。彼女が卒業してからは普通に会うようになったけど、でも、結局はデートもせずに、会ったらセックスをするだけだった」

 恵美との関係を思うと、本当に中身のないものだったと後悔する。

 彼女を悪く思うつもりはないし、別に嫌いになったわけじゃない。ただ、時間が空しく過ぎた、と後悔だけが残った。

「カトリックって、避妊しないんですよね? そういう危機はなかったんですか?」

「僕は避妊してないよ」

「……は?」

「彼女はしてたけど、僕はしてない。彼女はカトリックじゃないからね」

 花娃が眉間にしわを寄せた。その表情を見て笑うと、花娃はあのね、と言った。

「彼女にばかり負担をかけるのは、よくないと思いますけど。っていうか、付き合うイコール妊娠の可能性大ってこと?」

「だから、先にそう言うけどね。それでも付き合いたい、と言ったら相手に気をつけてもらう」

 そこで花娃は、待って、と言った。

「こんな話に、どうしてなったんですっけ? 私は振ってないですよね?」

「恋愛話をしたのは君の方からだけどね」

 花娃は面白い、と思う。まだ若いからか、反応が素直。

 花娃はお買い得物件だけど、と言った野絵留の言葉はあながち嘘ではないだろう。

「卒業したら、何をするんですか?」

「聖アンティエの講師になるつもりだけど」

「なにかの賞は、目指さない?」

「目指すよ。でも、僕よりも他の生徒に頑張ってほしいけど。僕はこの学校を創った側に入るから」

 そうでしたね、と言った花娃を見て、理人は言った。

「だから花娃さんにも、頑張ってもらわないと」

「私?」

 理人が頷いて花娃を見ると、花娃はそうですね、と言った。

「ある程度は、がんばりますよ。でも、ダメそうだったら、諦めますから」

 外を向いてそう言ったが、きっと彼女は頑張るだろう、と理人は思った。

 一度目指したら根性がありそうだと思ったから。

「花娃さん、君は彼氏はいる?」

「……何を急に」

 花娃の戸惑った顔をみて、可愛いと思う。もともと、可愛い顔立ちをしているのだから、誰かいたって可笑しくはないだろう。勉強ばかりしているタイプでもなさそうだったから。

「僕だけに聞いておいて、君は話さないつもり?」

「……いませんよ、今は。前はいたけど、別れて正解です」

「どうして?」

「私のこと、可愛くないって、言ったから。それに他に好きな人できたみたいで。私はまだ勉強を続けるし、これでいいと思います」

 可愛くない、と言われたのは確かに可愛くなかったのだろう。理人もそう感じた時もあった。

 けれど今はそんな風に感じない。あの時はきっと彼女自体が頑なになっていたからだろうと思う。

「甘える相手は、いらない?」

「そんな人、いたら紹介してください」

「いいよ」

 花娃が笑って理人を見た。

「期待しないで待ってます」

「していいと思うけど。いい物件だと思うよ」

「物件って、人を物みたいに」

 花娃は目を落として、両手を組んだ。その爪は短く切れられていて、ピンク色で綺麗な形をしていた。健康そうで、将来どうなるか分からないが、きっと何かをやり遂げるような、そんな一人の女性。

「僕はどうかな。将来は期待していいと思うけど」

 花娃は顔を上げて驚いた顔をした。その顔を見て理人は笑顔を向ける。

「……私、やるだけの女にはならないですよ」

 そう言ってムッとした顔をした花娃は、理人を見る。

「そんな風に扱わない」

「やるとき避妊しない男なんて、やです」

 外を向いて拗ねたような顔をする花娃は、可愛いと思った。

 こんな顔もできるのか、と思って苦笑して、花娃に言った。

「いいよ、しても。その代わり、人前でよそよそしくしないで、きちんと付き合っているように、僕と学校でも過ごすなら」

「……意味分からない。付き合ってたら一緒にいたりするの当たり前だし。それと、避妊するとでは、軽すぎるとおもいません? っていうか、私のこと、好きだから言ってるんじゃないですよね?」

 花娃が言ったことを頷きながら聞いて、理人は自分の制服のポケットから、あるものを取り出した。

 それをテーブルに置いて、花娃を見る。花娃はテーブルに置かれたそれをみて、瞬きをした。

「君のことは気になっていた。神に懸けて、嘘はつかない」

 理人はそう言って、花娃の手を取った。それに驚きを隠せないようで、握った手をじっと見る。

 気になっているのは本当。花娃を見るたびに、よそよそしくするたびに、本当はいら立っていた。

 けれどそういうのを態度で出すわけにはいかないし、なによりそんな自分に驚きを覚えていた。

「い、きなり、そんなこと言われても、すぐには。っていうか、嘘ついてないんですよね?」

「ついてないよ」

 疑うような目つきの花娃に、理人は微笑んで見せて、先ほどとった本の一番後ろを開く。

 その本は細工がしてあって、外観は普通の本だが、後ろのページから深さ三センチほど、十センチ四方に切り抜かれていて、中に何かを隠すことができるようになっている。これを見つけたのは理人の父で、面白がってそのまま図書室に置いたのだ。

 まさかこれを使う日が来るとか、そんなこと予想もつかなかったが。

「付き合ってくれるのなら、これを僕に直接返して。この本に入れておく」

 カシャリと音を立てるのは、いつも持っているロザリオだった。

 花娃はその様子を見ていて、無言のままだった。

「明日、もしこの中にこれが入っていたなら、この話はなしにする。普通どおり接してくれていいよ」

 そう言って一度花娃を見て、理人は言った。

「いいかな、花娃さん」

 そう言うと、花娃は理人を見る。頷きも何もしなかった。

 だが、今頷いてほしいわけではないため、理人はそのまま立ち上がって自分の鞄を持つ。

「あの、話したかった内容って、これですか?」

 ようやく口を開いた花娃がそう言ったので、そうだね、と答える。

「今日の目的は、これかな」

 花娃が見上げて理人を見たので、理人は笑顔を浮かべた。

「では、また。いい返事を待ってる」

 花娃は視線を外して、理人はそのままその場を去るため歩き出した。

 花娃の返事は、と思うときっと断るだろう、と勝手に想像する。

 しばらく恋愛はしたくない、と言うオーラが出ているように思えたからだ。

 だから、こんなことは予想もしない。

「まって!」

 図書室を出て、しばらくしてから、花娃が後ろから理人を呼んだ。

 その手には、ロザリオが握られていて、理人は予想が外れたことを知る。

 そうして近くまで来た花娃を見て、その手のロザリオを受け取った。

「約束して下さい。私を好きになってくれることと、優しくしてくれること。今はそんなに好きじゃないだろうから、最低でもそれだけは、約束して下さい」

 その言い方に思わず声を出して笑って、花娃はそれが不本意そうに理人を見る。

「それは当たり前のことだから、約束も何もないけど。避妊はいいの?」

 理人がそう言うと、花娃は理人の肩を叩いた。

「そういうことも当たり前ですから!」

 花娃の台詞に頷いて、わかった、と言って。

 意外と楽しそうだと思った。

 これまでの人よりも、きっと花娃の方が有意義に過ごせそうだと、そう思った。

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