sweet words of love.
こちらは美珠が書く、恋愛小説ブログサイトです

Uniform:2

「僕は篠宮理人。聖アンティエ学院の大学院生です。あなたの名前は?」

「田村、花娃です」

 篠宮理人と名乗った相手から連れてこられたのは、暖かい雰囲気がある素朴な作りの喫茶店だった。いろいろな焼き物がインテリアとして置かれていて、そのテーブルも椅子も手作りのような感じだった。

「今日は可愛い子連れてるのね、理人君」

 花娃と理人の前に、水の入ったグラスが置かれる。

「ちょっと用事があって」

 用事、と言いながら花娃を見る。

「あらそう。ご注文は?」

 花娃を見て言ったので、メニューを開く。たくさんあるメニューの中で、おまかせケーキセットというのを選んで注文した。

「じゃあ、僕もそれを」

 目の前の彼がメニューを閉じて、花娃を見た。

「私に用事が?」

 花娃が聞くと、ええ、と言った。

「二日ほど前、落し物しませんでした? 青色のアクセサリーケース」

「……え?」

 思わずバッグの中を探る。いつも入れている青色の布でできた、手作りのアクセサリーケース。最近ピアスもつけないので、気付きもしなかったが、入っていなかった。

「バッグの中から定期を取る時に落としたのを見て、誰も拾わなかったので僕が拾いました。いつも同じ電車だから、渡そうと思ったんですが。かえって余計なことをしたか、と」

 黒い革製の学生鞄を開けて、見覚えのあるアクセサリーケースを花娃の前に置いた。細身の四角い爪、それに似合った綺麗な手。やや骨ばっている所が男を感じさせる。昔、母が四柱推命に凝っていた頃、手の形で人の性格が分かると言っていた。

 こういう人は学究肌で、頭が良い。母がそう言っていたような気がした。

 ただ、確かにその外見も感受性が強そうな、そしてとても優しい顔立ちをしている。瞳の色も、その柔らかい雰囲気と相まって、その人の魅力を引き出していた。

 ただ、弱々しい感じがしないのは、半袖のシャツから出た腕が意外と綺麗な筋肉が乗っているからだ。身体つきは細身だが、均整は取れている。

「失礼して、中身を拝見しました。可愛いアクセサリーばかりですね」

 にこりと笑った顔を見て、花娃はすぐに目を下へとずらした。

 女の子が好きそうな柔らかい顔。植物系とでもいうのだろうか。花娃はこの前この横顔をじっと見ただけだったが、正面から見るとずっと見ていたい気持ちになる。高校の頃、友達がある綺麗系のタレントの男をみて、こういう人が近くにいたらドキドキして見れない、と言っていたことがある。その気持ちが分かるのが、今になってだった。

「お待たせしました」

 そう思っているうちに、お茶とケーキが目の前に並べられた。

 目の前に置かれたのは、美味しそうなモンブランと紅茶のセット。

「ここのケーキは結構美味しいですよ」

 そう言って先にケーキを一口食べる理人を見て、花娃は思わず言った。

「男の人なのに、ケーキ好きなんですね」

 花娃も一口頬張って、その美味しさに目を瞬きさせる。

「美味しいでしょう。美味しいものは、誰だって好きになるものです」

 しっかりと言い返されて、けれど嫌な感じはしない。口調がゆっくりと言うわけではないが、聞きとりやすかった。

「私を呼びとめたのは、これを拾ったからですか?」

 ケーキを食べる手が止まって、花娃を見る。

「そうです。他には、なにも」

 そうだろうけどね、と思いながらモンブランを食べる。

 呼び止められて、お茶に誘われたら、誰だって少しは期待するだろう。

 花娃も例外ではなく、心で意地を張っていたが、結局は期待していたので今の言葉にやや腹が立つ。

「カエ、ってどういう漢字ですか?」

 不意に聞かれて、花娃のケーキを食べる手が一度止まったが、すぐにそれを答えて紅茶を飲んだ。

「花という漢字と女へんに土を二つ重ねた漢字です」

 紅茶を飲んで、どう答えるか、と思って目の前の彼を見る。彼はにこりと笑って、いい名前ですね、と言った。

「花のように美しく、ですか」

「……よく解りますね」

「文学を専攻していたから。これくらいは」

 そう言って紅茶を飲んだ。嚥下する喉を見て、そこから目をそらす。

「篠宮さんは、どういう字を書くんですか?」

「僕の名の漢字に意味はないんです。理科の理に人という字ですね」

 紅茶のカップを置いて、にこりと笑う。

「りひと、という読み方に意味があって。ドイツ語で、光あれ、と」

「クリスチャンですか?」

「ええ、カトリックです」

 篠宮という姓とカトリックだということに、少しだけ引っかかるものがあった。

 聖アンティエ学院の創立者はキリスト教カトリック信者で、篠宮理臣。その人は高齢なはずで、今はたぶんその子供が跡をついでいると聞いたことがある。同じ漢字を使っていることと、篠宮という姓がマッチしている。偶然だろうか、と思いながら、花娃は口に出して聞いていた。

「創立者の篠宮理臣さんと、血縁か何かですか?」

「……篠宮理臣は、父です。僕は父が五十一歳の時の子供で」

「今はその子供が跡を継いでるって」

 理人はそれを聞いて苦笑して、そうですね、と言った。

「表向きは姉ですが、実際は僕が」

 僕が、と言ったその言葉に驚く。

 この人は院生だと言ったのに。

「でも、学生ですよね?」

「そうですが、聖アンティエ学院は僕のアイデアで創った学校なので。まだ子供だったから父が代表に。成人してからは僕が経営をしています」

 この人はいくつだ、と年齢を聞きたくなってしまった。

 確かに学生で起業する人もいる。今ではそれを実現しようとしている学生だって、花娃の大学にだってそういう人は一握りだがいる。だが、目の前の理人はかなり若く見えるから、花娃は驚きの目を向けた。

「いくつですか?」

「二十六です。今は神学を専攻しています」

「でもさっき、文学って」

「文学の博士課程はクリアしたので、今は神学を」

 二度目の博士課程というわけか、と思いながら、本当にこの人は博士課程を修了したのか、と思う。修了したということは、博士号を取ったということ。経営陣にいるのなら、そういうことを言い方は悪いがズルをしても修正が聞くのではないか、と勝手に思ってしまう。

「あなたは? 何学部ですか?」

「……私は、人間科学部です」

 驚いたような、まるで褒めるような顔をして、にこりと笑う。

「考古学とか、そういうものを?」

「そうです」

 紅茶を一口飲んで、カップを置く仕草は慣れていた。それだけで、この人がいい育ちであることを匂わせる。

「制服も、あなたのアイデアですか?」

「これは姉のアイデアです。どうせなら、イギリスの名門校をモデルにした制服を、と」

 花娃はそれに対して、緩く笑った。

「制服を別に着なくても。だって大学だし」

 そうですね、と言いながら、少し下を向いて理人は自分の制服を見ているようだった。

 そして顔を上げて、まっすぐに花娃を見る。

「最終的には僕も制服を着ることに賛成しました。確かに制服は高校までで、大学になれば私服で個性を、とも思いました。けれど、聖アンティエは英才教育を目的とした学校です。それを大学まで存続させるには、学生であるという、戒めが必要だと。大学は楽しいものです。大人になって酒も飲める年齢になり、あらゆる誘惑も多いでしょう。けれど、制服を着ていると自然と周囲がブレーキをかけます。そして、制服は戒めとともに、学業を修める立場だと、そう意識づけてくれる。だから、聖アンティエには堅苦しい、誰もが目を惹く制服があるんです」

 花娃は聖アンティエの制服の意味を聞いて、息をのんだ。

 確かに大学は楽しいだろう。花娃だって大学でお酒を飲むことを覚えた。

 合コンにだって行ったし、初めて異性との身体の関係を知ったのも、大学に入ってから。

 もちろんその中でも真面目なほうだった花娃は、きちんと大学で勉強をした。おかげで四年になっても、単位で焦ることはない。けれど、確かに自分を学生だという立場で甘えさせていたのは、花娃自身がよく分かる。学生は、立場が甘い。働くにしても、学生は学業本文だから、アルバイトくらいしか出来ない。

 企業をして働く学生を見て、凄いと思った。今から働くのか、今から世間に出て行くのか、と思うと花娃はご苦労だな、と思ったことがある。どうせ嫌でも働くのだから、と。

「僕がアイデアを出した。父が全財産と人脈を使って学校を作った。僕は楽しみなんです」

 そこで一度言葉を切って、そしてにこりと笑って花娃を見た。

「聖アンティエの卒業生のたった一人が、もしかしたら未来のノーベル賞に輝くかもしれない。それは物理学賞、文学賞、もしくは平和賞。カトリックの教えの下に、豊かな感情を育て、人々の役に立つように。そのための英才教育なんですよ」

 花娃は目の前の、高貴さが漂う制服を着た一人の青年を見る。

 青色の目は、睫毛さえ青く染まっているようで美しかった。初めて見た時、その美しさに心を動かされたのは、きっとこの人の目が輝いて見えたから。

 光あれ、と。

 理人という名の、目の前の人は花娃と何もかもが違った。

 目がくらむようだった。

 

 

 目がくらみながらも、理人という人を見て心が騒ぐことを抑えきれなかった。

 結局連絡先なんて何も聞いていない。聞いてもきっと馬鹿を見るだけだと、そう思った。ただアクセサリーケースを拾って、渡したかっただけだと、そう言われているからだ。

 聖アンティエの経営者なんて、素晴らしいものに就いていることが、なによりも花娃の心に引っかかる。花娃が大学を受けた時、四歳年上の理人はすでに聖アンティエを経営していただろう。まだ花娃と同じ大学生だったはず。

 聖アンティエの昇級試験は厳しい。その中で理人はやってきたかもしれない。けれど、経営している側だから、と学業が満たなくても、という思いがどうしても花娃の中で消すことはできない。

 ただ、何度もそう思いながらも、理人が話した内容を考えると、それは否定的なのではないかと思う。

 彼の学校を作った理念は素晴らしかったし、何よりもそういうアイデアをまだ十代の頃に提案したのも凄い。また、その息子の夢に乗って、実際に学校を起こしたというのも、それが事実だったら凄いことだ。

 何も考えていない花娃。

 もう大学四年も半分を過ぎてしまっても、就職先はおろか、方向性さえ決めていない。

 制服の話を聞いたあと、理人は自分が何をしたいか言った。自分は何かの賞をとれるような器ではないし、研究は好きだが、どちらかといえば導く側になりたい。そう言った。要するに講師もしくは教授のようなものになりたいと思っているらしく、だから文学を修めたあと神学を専攻しているのだと。

 花娃も聖アンティエに受かっていたら、あんな風に考えただろうか。制服を着て、自分は学生なのだ、と。自分は勉強をしにここまで来ていて、将来は何かを残したいのだと。人間科学部にもし受かっていたら、花娃は考古学関係を究めたかった。今の大学もカリキュラムは悪くないが、聖アンティエ大学の方が、挑戦したい項目を掲げてあり、その研究に没頭できる気がした。

 けれど今はそういうことを考えず、ただこれからのことを思うと憂鬱になるばかり。

「本当に、嫁に行くしかないなぁ、私」

「いきなり呟かないでよ。花娃、最近変だよ」

 電車の中、隣に杏が乗っていたけれど、花娃は無言だった。

 そしていきなり喋ったのだから、杏は驚いたのかもしれない。

「乗る車両変えるし、何か心ここにあらずで。恋でもしちゃったわけ?」

「だったら嫁に行くか、なんて言わないでしょ。っていうか、婚活をするかな、私」

「あんた、その性格で嫁に行く気なの? 可愛くないって一蹴されて終わりじゃない?」

「酷い言い方。分からないよ? 私みたいなのがいい、って思う人もいるかも」

 そう言って、自分を励まして、きっとそうだと思う。

「頭いいくせに、本当にそれでいいわけ? 主婦って暇よ? 無駄話とか、世間の悪口とか言って、それで一日終わる人もいるんだから。働いている主婦ならそういうのはないだろうけど、テレビを一日見て過ごしたい?」

「それでもいいかもね」

 帰りの電車の中、こういう無駄話をするしかない。

 ただ、本当に主婦として暮らすのもいいかと思う。結婚して旦那に頼りきりになるのは嫌だが、そう思ったらどこかにパートに出ればいいし、もしそれが出来なければ趣味を増やせばいい。

 聖アンティエの生徒達が乗る駅がアナウンスされて、電車が停車すると、黒い制服が乗ってくる。六両目は真ん中あたりなので、結構な割合で黒い制服が乗ってくるのだ。

 白いシャツに数本のラインが入っているのを見て、その中で四本ラインが入っているシャツを見つける。顔を見ると、その人は篠宮理人だった。彼は軽く辺りを見回して、花娃を見て目をとめる。

「おっと、あれは例の篠宮理人じゃない」

 こそこそ、と杏が言った。フルネームで言った杏に、そうね、と言って目線を下に向ける。

「ああいうのがいいんじゃないの?」

「なにがよ」

「嫁に行くなら、よ。将来有望じゃないと花娃は無理でしょ。ある程度お金持ってて、頭もよくて、そして年上で。おまけに顔もいいなんて、いいな、花娃」

「まるで本当に結婚しそうな感じで言うじゃない」

「いいじゃん。結婚までいけるよ、がんばれば」

 ありえない話をするな、と思う。

 理人は花娃が落としたアクセサリーケースを届けたかっただけ。それだけの用事だと言いきったし、その表情に揺れはなかった。優しげな顔立ちに、下心なんてなかった。

 花娃の顔立ちは普通で悪くないと思う。杏は可愛いと言ってくれるが、それは女目線で見た可愛さだ。

 だから、理人のような上等そうな男に、花娃は好かれるような容姿ではない。それに、性格はすこぶるつきで可愛くないと、花娃は思う。

 花娃と杏が降りる駅がアナウンスされて、電車がスピードを下げる。完全に停車する時に立ちあがって、電車の出口へ向かった。出口が開いて、杏が先に降りる。

 けれど花娃は降りることができなかった。後から花娃のトートバッグを引っ張る力があって、後ろを向くと理人が花娃のバッグを掴んでいたからだ。

 出口が独特の空気を出すような音を出して閉まる。

 杏はしばらく気付かなかったみたいで、後姿を見た。そしてその後ろ姿が振り向いた時には、杏の身体が見えなくなっていく。

「何ですか?」

 降り損ねたのは何度かあるが、こうやって人的な力を持って降り損ねたの初めてだった。

「また、何か落としてました?」

 尖った声になるのはしょうがない。こういうことをされる謂われはない。

「いえ」

 理人の方に向き直って、その顔を見上げる。

「じゃあ、なんですか?」

「話したいことがありました。いいですか?」

 もうすぐ次の駅だとアナウンスされた。

 理人が降りる駅だった。

「いいですけど」

 ぶっきらぼうに言って、けれど理人は優しげに、にこりと笑う。

 こんな、優しげな顔に生まれていたら、少しは花娃の心も可愛くなれたかもしれない、そう思うほどだった。

「よかった」

 そのホッとした顔も、目の色も本当に優しい。

 そして、この人は花娃に何を話したいのか、と思った。

 

 

 同じ喫茶店に行って、同じものを注文して。そして理人は改めて花娃を見た。

「乗る場所を変えてしまっていたから、探すのに手間取りました」

「要件はなんですか?」

 少しだけ尖った声を出した花娃に、遠慮がちに笑顔を見せた理人は、怒ってますか、と尋ねた。

「降りようとしたのに、いきなり掴まれるなんて。少し怖かったです」

 そう。怒ると言うより怖かった。誰が花娃のバッグを掴んでいるのか、と思った。

「すみませんでした。連絡先くらい聞いておけばよかったと、本当に後悔して。もうしませんから」

 まだ半袖のその腕は、前も思ったが綺麗な筋肉が乗っている。優男に見えて、力は結構あるのだろう。

「聞きたいことがあって」

「だからなんですか」

 尖った声。可愛くない花娃が表に出てくる。

「結婚を?」

「誰が?」

「田村さんが」

「しませんよ。相手がいたら今でも嫁に行きますけど」

 下を向いた花娃に、理人は笑ったように思えた。笑えばいいよ、と心の中で言って、顔を上げる。

「こういう考え、いけません? っていうか、どうしてそんなことを聞くんですか?」

 花娃は瞬きをする理人を見る。どう答えていいか分からないのか、一瞬間が空いた。何かを話そうとした理人が口を開く前に、花娃は先制をうつ。

「聞きたいことがそれだったら、がっかりです。そういう相手がいないことを、笑いたいんでしょうか」

 青い目が困惑の色に染まる。一度目を伏せて、唇を軽く噛んだその仕草を見て、そんな仕草も絵になるな、と思った。優しげな顔がそうすると、本当に気の毒そうに見える。

「そう思わせてしまったのなら、すみませんでした。そういう人、いないんですよね?」

「そうですね」

「では、聖アンティエに来ませんか?」

「はぁ!?

 寝耳に水とかそういう言葉は、こういう時に使われるのでは、と花娃は思う。

「何言っちゃってるんですか?」

「だから、聖アンティエに来ないか、と」

「意味分かりません」

 花娃は外を向いた。苦笑する声が聞こえて、理人に目を向ける。

「確かにそうですね。僕もそう思います」

 理人が言ったところで、目の前にケーキと紅茶が置かれる。花娃の前に置かれたのはオレンジケーキ。理人の前に置かれたのはブルーベリーのチーズタルト。

「ケーキ、替えましょうか?」

 花娃はブルーベリーチーズケーキが好きだった。しかもタルトが付いているのはサクサクしていて大好きだ。

「お願いします」

 にこりと笑って目の前に置かれたチーズケーキ。代わりにオレンジケーキを理人が引き取る。

 花娃は少しだけ笑って、ケーキにフォークを突き立てた。それをすくって口に入れると、思った通りの味と、けれど手作り独特の美味しさが口に広がった。

「好きなケーキが来てよかったですね」

 口に含んだまま、理人を見ると、花娃の前に始め置かれたオレンジケーキを食べた。

「おいしいですか?」

 替えてもらったので、一応聞くと、ええ、と言った。

「オレンジケーキは好きなんです。母が得意でしたから」

「お母さん、っておいくつですか? お父さんって、確か七十を過ぎてらっしゃると思って」

「母は二年前に亡くなりました。この店は、母の店だったんですよ」

 前にこの店に来たとき、理人君、と親しげに呼んだ店員を思い出す。

「今はさっきの久美子さんって人に譲って、ありがたいことに経営をしてくれています」

 雰囲気のある店は本当に落ち着いていられて、たくさん置いてある陶器も趣味がよく、手づくりのような雰囲気だった。

「この焼き物も?」

「母の趣味で、陶器をつくるのが本当に好きでした。ここの皿とか、カップも、すべてつくってから、店をオープンしたのは十年前で。八年間死ぬ前まで頑張ってました」

 理人にとっては思い出深い店なのだろう。

 この人は母親の手作りケーキで育って、この温もりがこもった陶器に囲まれていたのか、と思う。

 花娃の父も母も働いている人で、一人娘だったからカギっ子だった。

 とにかく大学は出ろ、と言われて聖アンティエ大学に落ちた時、父はため息をついた。聖アンティエに行きたい花娃の気持ちもあったが、何より父がそこへ行くことを希望した。それはなぜかというと、父が教育者側にいたからだ。父は高校教師で、その教師の目から見て聖アンティエのカリキュラムが気に入っていたのだ。

 光あれ、という名前を持ち、これだけの母のぬくもりに囲まれている人。そして、息子の夢に懸けて学校まで創るような素晴らしい父。

 花娃の両親とは全く違う。父と同じ教職の母も、聖アンティエに落ちた時、かなりの落胆をしていた。ため息しかつかない両親に、自分の道は閉ざされた気がした。

「私、聖アンティエだけには、行きませんから」

 聖アンティエに行かなければ、将来がないような、そんな言葉を両親から言われて、どうしてそう言われるのかと、傷ついてかなり喧嘩をして。父の赴任先について行くように言われたが、それを辞退して一人暮らしをさせてもらっている。両親に世話になるのがとても嫌なのに、何かをする気がない。

「どうしてですか?」

 理人が首を傾げた。

「そもそも、どうして私を聖アンティエに誘うのか。よく分かりません」

「相良野絵留、あなたが受けているゼミの教授は、僕の母方の叔母で。能力はあるのに、やる気がないと」

 花娃はあのババァと心の中で罵った。

「だからなんですか? あのオールドミスの典型的な人から何か言われたから?」

「失礼だと思うけど、まぁ事実なので。何か言われたから、というか、叔母は来年から聖アンティエの教授として来るんです。それで、どうしても連れてきたい生徒がいる、と言われて。あなたの名前だったから、一度きちんと話をしたいと思って」

 いつも花娃にうるさい、女の教授は現在五十八歳。もうすぐ定年だから早く辞めればいいのに、と思いながらもうすぐ四年の付き合いになる。

「自分の才能とか、学力を伸ばしたいと、そう思いませんか?」

「今は特に。学びたい気持ちはあるけれど、私が先行したいのは史学と考古学だから。聖アンティエには、史学しかないでしょう?」

「だから叔母が来るんですよ。叔母の専攻は史学と考古学。もちろん院でも教鞭をとりますが」

 だからと言って、聖アンティエに行かなければならない理由はない。何より。

「この年で、もう制服は着る気はないし」

「大学院の女子生徒の制服は、スーツのようですけどね」

「でも燕尾服でしょう?」

「大学院の燕尾服の丈は、一番短く出来てます。一番長いのは中等部ですね」

「膝丈のスカートに靴下は……」

「大学部から靴下はなしで、ストッキングになってます。夏は規定のローファー、冬は規定のブーツ」

「お金かかりますね」

「確かにかかりますが、推薦入学の生徒と、奨学金を認めた生徒には、無料で制服一式の支給をしています。ちなみに、推薦入学も奨学金を認めた生徒も、高い学力を要しますが」

「じゃあ、無理ですね。私、一度聖アンティエに落ちてますから」

「叔母の推薦ですので、その能力はあるのだと確信していますが」

 ああ言えばこう言う。

 どうして聖アンティエに花娃を入れたいのか。

「だから、聖アンティエに、どうしてそんなに誘うんですか?」

「めったに人を褒めない叔母が、あなたを褒めて讃えるから。院からは、大学よりも専門性をつきつめたものを学びます。そしてより、高い学力を育てていくことを目的としているので。叔母が褒める生徒なら、こちら側も投資をして損はないか、と」

 まっすぐに見る、理人の目は澄んでいる。

 花娃は自分の考えが濁っているように見えた。

 まっすぐだからこそ、花娃の何も考えたくない思考が悪いもののように思える。

「私は、もう何もしたくないから。結婚する予定はないけど、これから婚活予定です。大学を卒業するまでに、絶対そういうの見つけて、さっさと結婚して主婦になるんです。勉強はもうしないから」

「そういうの、ってどういうのですか?」

「そういうのは、そういうの。結婚したい人は世の中に山ほどいるし。私、顔は悪くないからすぐに見つかるはず」

 花娃は本当にもう帰りたかった。

 理人と花娃はい基底ベースも何もかもが違う。

 花のように美しく、と言う名をつけられても、その意味と体は成していない。

 理人のように、意味と体を表すような人には、残念ながらなれないのだ。

「父と母に大学以外にもお金を使わせる気はないし。何もしたくないのに、何かさせようとするなんて」

 理人の目を見ずに言った。見て言えるはずもない。

 けれど、理人は大人で、花娃が言ったことに対してさも可笑しいように笑った。

「それで? 適当に結婚して適当にセックスをして、適当に子供を産んで幸せですか? あなたは」

「何もそんなこと言ってないでしょう」

「結婚とセックスと子供はセットでしょう?」

 誠実そうな、純粋そうな顔をして、と花娃は理人を見る。

 この綺麗な形の唇から、しかもキリスト教のカトリックの彼からセックスと言う言葉が出るとは思わなかった。

「キリスト教徒って、そんなにあからさまに言うものですか? そういうこと」

「確かに僕はキリスト教を信仰していますが、そういうことに関しては別の考えを持っていますから。処女受胎なんて、信じていませんからね」

 にこりと笑った顔は悪びれてなどいない。

「もう少し大人になっては? そういう考えで結婚して子供が出来たら、その子供がかわいそうです」

「子供を産むとは言ってませんけど」

「では、出来たら殺します? なんて罪深いんでしょうね」

 その言い方にムカついた。花娃は目の前の青い目を睨んだ。

「そういうあなただって、結婚とセックスと子供がセットとか、冷たいこと言ってる」

「だから慎重に、だから愛がある人と。あなたのような考えでは、男の方が逃げるでしょうね」

『可愛くないんだよ、お前』

 可愛くないと言われた時、はっきり言ってかなり深く傷ついた。

 なんでもないようにしていたけれど、本当は涙がこぼれた。自然に、普通に、当たり前のように。

 生きる方向性なんて、分からない。

 勉強をしたところでそれが埋められるとは思わない。埋められない。

「……言いすぎました」

 理人の低い声がワントーン低くなって、目に何かを当てられる。

 ハンカチだと気付いて、理人を見る。その顔がかなり歪んでいて、花娃は自分が泣いているのが分かった。

「泣けばいいのか、とか思ってるんでしょう?」

「そんなことは」

「絶対、うそ。泣けば許されるのかって、絶対思ってる。だから男の人って嫌い。どうせ、弱い子が好きで、何もできない子が好きで、勉強なんて出来ても、ただ利用されるだけで終わって。ムカつくわ。私をなんだと思ってるわけ」

 あとからあとから出てくる涙を、理人がハンカチで拭った。

「やめてください」

 手を払うと、理人の歪んだ顔が見える。

「男なんてどうせ女を処理の道具くらいにしか使わないくせに。何が愛なわけ? どうせ、ほとんどの夫婦が一番好きな人となんて、結婚しないくせに」

 手で涙を拭って、自分のバッグからハンカチを出す。

「とにかく、私はいいです。これからの方向性なんて、本当にまだ見えないし。それに今からじゃ、受験勉強だって間に合わないですから」

 立ち上がろうとするその手を、理人が少し強く引いた。花娃は立ち上がれずに、理人を見る。

「間に合ったら、聖アンティエに来てくれますか?」

「だから、学費なんて払えませんって。それに、こういう考えをしている私に、聖アンティエが合うわけないでしょう?」

「合う、合わないは僕が決めます」

 理人は花娃をまっすぐに見て言った。

「どうして私をそんなにあなたの学校に入れたいわけ?」

 花娃は自分のハンカチで目を抑えて、そして座った。

 理人は一度花娃をみて、そして少し目を伏せた。

「あなたが、学びたいと、そう思っているのが分かったからです」

 何者かになりたいわけじゃなかった。

 何かを成し遂げたいわけじゃなかった。

 ただ、知ることは楽しくて、面白くて。

 知識のための勉強は本当に好きだった。

 理人は笑顔を浮かべて、花娃に改めて言った。

「聖アンティエに来てください、田村花娃さん。あなたにはきっと、あなたなりの光が見つかります」

 そんなこと分からない、と思いながらも理人から言われると、そんな気がした。

 光あれ、と言う名前の、理人からだから。

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